4章 ニュー・パラダイムを求めて

3 ポストモダン・マネジメントの時代

昭和六二年の八月、ロンドン郊外のアッシュ・リッジ(ASH-RIDGE)マネジメント・カレッジにおいて、メタシステム・デザイングループのフランク・バーンズの主催するOT5が開催された。緑豊かな広大な敷地のなかに建つ瀟洒な貴族の館を本拠とする英国有数のマネジメント・スクール(経営幹部対象)に、世界から一一六名の組織問題の専門家が集まって、徹底した討論を行ったのである。参加した国は、アメリカ、カナダ、イギリス、オランダ、ベルギー、西ドイツ、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、インド、日本の一一カ国に及んでおり、近年におけるOT運動の拡がりが窺える。なお、この会議には日本からネットワーキングデザイン研究所の会津、中村両副社長が参加している。

◆OTとホロニック・マネジメント

OTとは、Organaization Transformationの略で日本語では組織変革とでも訳したら良いのだろうか。まだ耳慣れない言葉である。現に昭和六〇年の一月、日本の組織問題の専門家が集まっている「組織学会」の月例会に呼ばれた時、このOTというコンセプトを紹介したところ、どなたもご存知なかったので大変びっくりした経験がある。

それはともかくとして、従来、組織問題の分野ではOD(Organaization Development 組織開発)というアプローチが中心であった。このアプローチでは、既存の事業構造や組織の目的はそのまま前提とされ、その制約のなかでいかにして人々のモラールを高めていくかということに重点が置かれていたといえる。したがって、どちらかといえば目先の問題解決中心の考え方が採用されていたといえるだろう。

ところが、産業構造がドラスチックに変わり、仕事の場にも生きがいを求める人々が増えてくると、このようなアプローチは限界に達することになる。そのような反省に立って、「企業は将来の理想や人類的な観点からみたビジョンをもって経営戦略を立案・実行していく組織に生まれ変わるべきだ」という主張をしているのがOTなのである。

したがって、OTにおいては、ビジネスの世界において意図的な変化を作り出していくために、日常的に組織自身を自己変革していくようなアプローチが重視されることになる。その意味では、OTは単なる組織論の範囲を超える性格をもっており、むしろ経営そのものを対象とするアプローチであるといってよい。

この点に関し、フランク・バーンズは、「OTも、ホロニック・マネジメントも、工業社会以後の新しい時代にふさわしいマネジメントの在り方を摸索するという共通の基礎に立つ、ポストモダン・マネジメント構築への取り組みだ」と指摘したがまさしく、その通りである。当然、OTもホロニック・マネジメントも発展途上にあるわけだから、理論的な枠組や方法論が確立しているわけではない。しかし、その一方で現在すでに決して少なくない企業において、このような考え方を先取りする革新的な実験が進められていることも事実である。我々は、このような先進企業の現場における様々な意欲的な取り組みを検証し、一般化していくプロセスのなかでこれからの時代にふさわしいマネジメントの新しい体系を確立していく必要がある。

◆ポストモダン・マネジメントの基本的な考え方

本書は、そのような立場から、我が国においてホロニック・カンパニーとしてオーソドックス(物ごとに対して真正面から取り組んでいるという意味において、あえてユニークとはいわない)な活動を展開している企業のケースを取り上げ、紹介したものである。本書で紹介した企業は、歴史をもつ老舗企業からNPOのインフォーマル・カンパニーまで幅広く、しかも展開している事業も多様である。

しかし、不思議とその行動パターンには共通性があったことに気付いていただけたことと思う。さらに我が国でも、本格的な知的生産時代をたくましく生きぬいている新しいタイプの企業群が、目立ち始めていることに意を強くされたことだろう。この新しい流れを、一刻も早く日本の企業社会のなかに一大メガトレンドとして定着させていく必要があるだろう。

そのような試みのひとつとして、ここでは、ポストモダン・マネジメントの基本的な考え方について考えてみよう。この点に関し、メタネットのフランク・バーンズが参考となるきわめて貴重な図表を作成しているので最初に紹介しておこう。キーワードとして使われている言葉のかなりが、日本語訳にまだ馴じまないものが多いので、申しわけないが図8では原文のまま紹介している。この図は、環境適応のレベルからみた企業組織の発展段階についてまとめられたものであるが、企業経営というものは環境への適応行動であるから、この図をそのまま企業経営の発展段階として読みかえることができる。





最初のリアクティブ(REACTIVE)というのは、環境変化に対してまったく事後的に受動的な対応を行う古いタイプの経営を示している。したがって、時間軸は過去にあり、自己利益の追求を中心に懲罰や統制によるマネジメントによって人々を動かし、何とか生存していこうとするものである。当然、組織らしい組織はなく、人々は強制的なリーダーのもとで苦痛を避けるためにいやいやいうことを聞く状態である。すでに起こってしまった変化に企業行動を合わせてゆくことに重点が置かれるから、プランニングは正当化の論理で組み立てられることになる。このような経営は、民主的・科学的経営の考え方がまだ一般に普及していなかった戦前にみられるワンマン経営者による統制型経営に近いように思われる。

これに対して、次のレスポンシブ(RESPONSIVE)というのは、環境変化に適合的に対応していく経営を示している。時間軸は現在に置かれ、企業活動の焦点は成果に当てられる。情報のフィードバックにもとづき、プランニングは行動の管理を対象とし、指揮によるリーダーシップによって階層的な組織を動かし、環境適応(Adaptive)を図ることに経営の主眼が置かれる。人々は、成果に見合う報酬を提示されることによってモチベートされ、チームの一員として結びつけられる。この段階の経営は、どちらかといえば、高度成長期に典型的であった戦術的経営といえるだろう。

次のプロアクティブ(PROACTIVE)というのは、変化に対して積極的に関与する能動的な経営を示している。大多数の企業は、今この段階の経営を確立することに夢中になっているといってよい。時間軸は未来に置かれ、経営の焦点は、単なるアウトプットから複合的な企業活動全体の「変わりよう」(Results)にあてられる。プランニングは、当然戦略にもとづいて行われ、計画(Planned)に沿って意図的な変化を作りだしていくことが狙われる。リーダーシップは共通の目的を志向する人々の間で受け入れられ、人々は組織への貢献によってモチベートされる。

最後にハイパフォーミング(HIGH PERFORMING)という段階は、企業が未来の創出に向けて意図的に変化を生み出していく経営を示している。ここでは、本格的な知的生産時代に求められる新しいマネジメントの在り方が一一のキーワードで暗示されているのである。以下、このキーワードを参考にしながら、ポストモダン・マネジメントについて考えてみよう。

◆プロフィット志向型経営からドリーム志向型経営へ

ゴーイング・コンサーン(存続)が前提となる企業経営において、利益は不可欠なものである。車に例えれば、利益はガソリンのようなものでガス欠(赤字)になってしまえば、たちまち車(企業)は立往生(倒産)してしまうのである。だからといって、車にとっての目的がガソリンではなく、車を利用して「目指す地点に到達する」ことであるのは、自明のことだ。ところが、このような当たり前の常識が忘れられ、いつの間にかひたすら利益そのものを追い求めるという逆転した現象が一般化した。それが日本産業の異常ともいえる過当競争体質を生み、世界市場を混乱に陥れ、今日のジャパン・バッシングの源になっていることは、既にみてきた通りである。

「今の日本は、浮浪者でも糖尿病になる」といわれるぐらい飢える心配のない豊かな社会である。もはや食うために働く時代は終わったのである。そのことを反映し、人々の価値観は、自己実現に向けて大きく変化しつつあり、仕事を通じた自己実現も重視され始めている。一度しかない人生を大事にする人ほど、自分はどんな仕事をして生きていくのかをシビアに考えるようになるからである。しかも、能力の高い人々ほど、このような傾向を強くもっている。

そうなると、企業は報酬だけで人々を魅きつけておくことが困難になる。勿論、報酬は自分の評価の証しであり、そこには職業人としてのプライドがかかっている。したがって、プロを志向する人ほど報酬にはこだわるだろう。だからといって、儲かる会社で給料さえ高ければよいかというとそうはいかない。自分の志に反した仕事や価値のない仕事にはつきたくないと考える人々が急速に増えてきているのである。とりわけ日本人は、欧米の人々と異なり、仕事を余暇と対置し労働を辛いものだと決めつける意識が希薄だから、仕事を通した自己実現意欲は強い。このことをもっと積極的に評価し、これから新しい働き方を作りあげていくエネルギーとして活かしていかなければならないだろう。

そこで問題となってくるのが、アイデンティティ(自己の存在証明=生きていることの証しといってもよい)ということだ。企業経営の場にアイデンティティというテーマがもち出されると、一足飛びにコーポレート・アイデンティティの話になり易い。そのため、抽象的で複雑怪奇な議論の薮のなかに迷い込んでしまい、何が何だか分からなくなる。結局のところCIがデザインの問題に矮小化され実行されてしまうことになる。

CIとは、企業の文化大革命である。したがって、個別・具体的なところからスタートしなければならない。その意味で、最初に取り組むべきなのはPI(パーソナル・アイデンティティ)の明確化なのである。企業活動の場に生きがいをもち込む人々が増えるようになってくると、まずお互いの志を明らかにしあうことから、組織化をスタートさせねばならない。その上で、同じような目的志向をもつ人達がひとつの単位をつくり、企業内企業なり、社内ベンチャーなり、戦略子会社なりの核(コア)をつくるのである。このコアが互いのもつ夢を共働して実現していく活動の単位になる。

もともと、企業(とりわけ株式会社という仕組み)は、人々が自分達のやりたい夢を実現するための装置やシステムであったはずである。その意味では、幕末の志士坂本龍馬が新しい日本をつくるための仕掛けのひとつとして作った亀山社中(のちの海援隊)が、日本の株式会社の原型であったという事実を、我々は思い起こす必要があるだろう。今は、明治維新に匹敵するパラダイム・シフトの時代である。一人の人間としてこのような面白いスリリングな時代に巡りあわせた僥倖を、神に感謝しなくてはならないだろう。企業という場を、新しい夢を実現する場として把え直す「ドリーム志向型経営」が求められる所以である。

話は少し脱線したが、志を同じくするこのような自己完結型の組織のもつ夢やビジョンがかなりの程度重なりあうところで、ひとつの企業体としての明確なドメイン(事業領域)が定まってくる。それはまた、お互いにジョイントし共働していくことにメリットのある範囲でもあり、そのことが、ひとつの企業体としての規模の限界を決めることにもなるだろう。そのような自律的な核(社内ベンチャーや企業内企業群)を電子コミュニケーションのようなコンピュータ・ネットワークでゆるやかに連結していく分権型ネットワーク経営が、これからの新しい企業の姿になるのではないだろうか。

◆会社第1主義から社員(人間)第1主義の経営へ

「企業の社会的責任とは、会社が少し儲かったからどこかに寄付しようかでは不充分だと思う。それは二の次、三の次であって、自分の企業で働く従業員が本当に楽しく働きがいのある職場をまず作りあげることが第一条件だと思う。このように考え、私はわが社の社是を“おもしろ、おかしく”という一風変わったものに決定したのです。」(「PHPゼミナール通信」第9号より抜粋)

一般の会社で、新しい社是を募集した時に「おもしろ、おかしく」などという案が出されたら、“吉本興業ならともかく冗談はやめろ”といわれるのがおちだろう。ところが、この発言は、上場企業ではじめて週休三日制を採用した(株)堀場製作所会長の堀場雅夫氏から出てきたのだから重みがある。

一方で従業員や家族の生活よりも一時的なコストダウンを優先させ、土日操業に踏み切った大手自動車メーカーのような「会社第一主義の経営」がまだ根強く残っているなかで、この会社は社員第一主義の経営を見事に実践しているといって良いだろう。過当競争体質を生み出す「会社第一主義」から脱却し、人々が楽しく仕事をする「社員第一主義」を導入することによって、日本企業は“競争原理”と“共生原理”とをもう少しバランスさせていく必要があるだろう。

日本的経営は人を大事にすることを特色とするとよくいわれる。ところが、汚職や疑獄事件、さらには、公害や買占めなど企業の社会的責任が厳しく問われるギリギリの局面になると、必ずといってよいくらい、強度のノイローゼ患者や自殺者が出てくるのも日本的経営の特徴である。このような事実をみると、日本企業において、人を大事にするというのは、“初めに会社ありき”のもとで会社に忠誠を誓う仲間だけを大事にするということに過ぎなかったのではないだろうか。だから、会社に累が及ぶような事態になれば、必ず犠牲者が出てくるのである。

このような風土であるから、我が国では、企業の不正な行動に関し内部告発が行われることはめったにない。一般にそのような行為は、市民の義務と考えられるのではなく、仲間に対する重大な裏切りととられるのである。だから、危急存亡の場合において、個人の尊厳や命の方を守るために、敢えて会社をつぶしたというようなケースは、残念ながら一度も聞いたことがない。このような精神風土をもつ社会だから、口では従業員が第一といいながら、平気で土日操業のような乱暴なことをしてしまう。勿論、当事者は、至極当たり前の意思決定を行ったという感覚でしかないであろうが。

しかし、これからは文字通り、“初めに人間ありき”をモットーとする社員第一主義の経営を貫いていかないと、企業そのものが危くなるだろう。自己実現を求める人々が増えるにつれ、「企業ロイヤリティから仕事ロイヤリティヘ」と企業人の価値観が変わるからである。

もうひとつの理由は、これから企業に付加価値をもたらす中心的な仕事が、広義のイノベーションへの挑戦すなわちクリエイティブ・ワーク(創造的な仕事)になることである。このような知的生産の仕事には、次のような特性がある。まず第一に、経営者よりも社員の方が専門能力に秀れているから、経営者と対抗し交渉することができる。第二に、知的生産においてはノウハウが組織ではなく、個人の身につく。さらに、クライアント(顧客)と密接な関係を保っているからクビにされることを脅威と思わない。むしろ、彼等にやめられたらその分野の仕事がなくなる恐れがあるから、会社の方が力関係の上で不利になることもある。こうした仕事の特性が、いやでも働く人々の自主性を尊重せざるを得なくするのである。

同時に知的生産に従事する人々の次のような特性も、この傾向に一層拍車をかける。第一に彼等は何が一番重要なのかを自分自身で決め、自分で仕事を創り出すことを好む。また、上から指示されることを嫌い自己管理を重んじる。さらに、プロとして扱われ評価されることを何よりも大事にする。その上、彼等は企業のために自分の生活を犠牲にするのはマッピラだと考える人種でもある。このような人達に、生き生きとして仕事をしてもらい、成果を産み出していくことは並大抵のことではない。どうやら、口先やお題目ではなく、死にもの狂いで社員の自己実現をサポートする経営を目指さなければならない時代がきたようである。

◆OD(組織開発)型経営からOT(組織変革)型経営へ

従来のODのアプローチが、どちらかといえば一人ひとりの人間の顔の見えない組織や集団を変化の対象としていた色彩が強いのに対し、人間中心主義の経営の実現をサポートするOTの取り組みにおいては、まず何よりも生身の人間としての個人の意識の変革に焦点があてられる。これには、企業の取り組む仕事の性格が、従来と一変してしまったことも大きく影響している。

すなわち、本格的な知的生産になればなるほど、マニュアルにもとづいて集団で整然と仕事を進めていくことが困難になる。定型的な判断の可能なルーティンの仕事と異なり、一つひとつの出来事がすべて新たな判断を要求するような非定型な複雑な仕事が中心となるからである。このような仕事は、何よりも特定の個人の能力に依存するから、これからのOTの主要な夕−ゲットとしてまず個人の意識を変えていく必要があるのである。

その基本的なアプローチは、前述したPIを実施し、社員の一人ひとりが一体何をやりたいのかを見つけ出すことからスタートしなければならない。仕事に対してねばり強く取り組み、創意工夫を発揮しようとするエネルギーは、それが自分のやりたいことであり、志を実現するために不可欠なことであるという強い意思に支えられて生まれてくるものであるからだ。それがハッキリしてくれば、今度は、仕事の成果を著しく向上させていくための意識改革に関する訓練が行われる。そこでは、自分自身の気持ちのもち方や、人との付きあい方、仕事への取り組み方などのテーマが中心となる。この場合、日常的な反復訓練が重要であることから、効果的な道具立てを用いることも重要である。

例えば、“プロジェクト・ミラクル”というスローガンを掲げ、社内の意識改革を進めているAT&Tでは、デスク・トップ・コンパニオンとして、「Excellence in Performance」というタイトルの小冊子を、職員にもたせている。これは、縦一四センチ×横一八センチのサイズの厚手の紙を使った約五〇ページほどの小冊子である。同じものが、私の手もとにも一冊ある。この小冊子を企画したAT&Tのキム・ハービンという女性が、OT5に手土産としてダンボール箱一杯につめ込んで参加し、皆にお土産として配ったものを入手したものだ。非常に良くできているので少し紹介しよう。





一ページ目を開くと、“Congratulation!”という言葉の下に次のような文句が書かれている。

「自分自身への投資が大事なことだと分かることは、こうありたいと自分が望む方向へ歩み、幸せをつかみ、人生を実現していくための重要な第一歩です。我々は、このような考え方が、貴方が自分自身を内部探検することを助け、新たなレベルの成功と喜びを鼓舞することを期待しています。責方の存在自身が奇跡であり、貴方が絶え間ない奇跡に恵まれてきたことを忘れないで下さい。奇跡はいつも貴方と共にあるのです」

この文句に勇気づけられて、次のページをめくると、「Expect a Miracle」と書かれてある。さらに次のページには「毎日、あらゆる場面において、私はよりよく成長したい」という文句があらわれる。その反対側のページには、そのことを実現していくための方法が書き連ねてある。カルビン・クーリッジという人の言ったことらしい。“Press on!”というスローガンの下に、「継続は力なり」という文句が書かれ、さらに「才能ではない−−才能ある男女が失敗した例は枚挙にいとまがない」とある。その次には「天才でもない−−天才が報われないというのはほとんど諺のようなものだ」、「教育でもない−−世界は、学のある落伍者で満ちあふれている」と続き、最後に「継続していくことと誰の手もかりない単独の決定を行うことは全ゆる可能性を拡げる。プレス・オン! というスローガンは、これまでも人類の問題を解決してきたし、これからも解決していくだろう」とある。デスク・トップ・コンパニオンは、このように、片側のページで自分がそうありたい状態を前向きにスローガンの形で示し、その反対側のページにそうなるための具体的な方法を述べるというスタイルになっている。実に良くできた小道具だといえる。このような卓越した武器を用いて、自己改革への取り組みを日常の習慣として根づかせることによって、はじめて人々の意識を変えていくことも可能となるのである。

個人に対するアプローチと同様、OTが重視するのは、「事業や仕事」ヘの取り組みである。職場において自己実現を図ってゆくためには、何よりもまず自分のやりたい仕事にトライできる状況が必要だからである。この点では、社内公募制等でプロダクト・チャンピオンになりうる素材の企業内ミドルを発掘し、彼等に“この指とまれ!(このプロジェクトを一緒にやりたい者は、集まってこいと社内に呼びかけること)”をやらせることが重要である。

そうして、新規事業の創出や新製品、新技術の開発などチャレンジに値する仕事に、志を同じくし、知的刺激を受けあうことのできる仲間と共に取り組むプロセスのなかで、はじめて人は燃え、組織は活性化し、自己変革を遂げていくのである。このようなダイナミズムを無視し、既存のビジネスの枠のなかに人々を固定化したまま、いくら最新の心理テクニックを使ってモラールをあげようと頑張ってみても無駄である。琴線に触れなければ、人の心はそう簡単には動かないのである。

◆新しいルネッサンスの地平を切り開く

OTにおいては、組織は個人と仕事(あるいは事業)を結びつけるネットワークである。知的生産の世界では、一般に仕事は複雑で領域も広いから、チーム・プレーを必然とする。適切なメンバーであれば、彼が自部門の人間でなくても一向に構わない。というより、むしろ適切なメンバーを自社の枠組を超えて発掘し、連携していくことは、ネットワーク・エコノミーが進む時代の重要な企業戦略である。

したがって、OTの志向する組織はオープンな構造をもったエクセレンス・ネットワークということになる。このネットワークは、パソコン通信のような電子コミュニケーションによってサポートされる。リーダーはこのネットワークによって、新しい機会を発掘したり、潜在的なリスクに焦点をあてたりすることに関して、組織内外のどこからでもキーマンやグループの知恵を活用することが可能となる。

勿論、必要とあれば、CATT(Computer Assisted Team Thinking)と呼ばれるチームの知的生産を向上させるツールを活用し、思考の生産性をあげていくことはいうまでもない。開放的なこのようなネットワークの構築によって、企業は絶えず新しい情報創造を進めることが可能となり、組織の陳腐化を防ぐことができるようになるだろう。

以上述べてきた個人、組織、事業の三者のダイナミズムを関係づけると図9に示すとおりである。このような基本枠組のもとで、「自分達の追い求めるドリーム(夢=目的)をデザイン(基本戦略化)し、それを羅針盤にしながら、エクセレンス・ネットワークを通じた日常的なスキャンニングを行い、絶えず焦点(フォーカス)を絞り込み、同時に具体的なアクションを起こしていく」という「スキャン−−フォーカス−−アクション」のサイクルによってビジネスを展開していくのが典型的な自己変革型企業のイメージである。このような活動をOTでは「ストラテジック・ナビゲーション(戦略的航海術)」とよんでいる。





いずれにせよ、今、時代は大きく動きつつある。本書で提起したニュー・パラダイム実現に向けて、果敢にチャレンジしていく企業だけが、新しいルネッサンスの地平を切り開いていけるのだといえよう。


〔第4章 2〕 〔目次〕 〔参考文献〕